2011年7月3日日曜日

三条会商店街

モーニングがおいしい喫茶店を探しながら,三条会商店街へ。
目に止まった「珈琲工房てらまち」という店に入った。

トースト,ゆで卵,サラダにコーヒーで450円。
よくあるパターンだが,かなりお得に感じた。
まず,コーヒーがきれいで大ぶりのカップで供され,おいしい。
トーストも厚めの大きめ,ゆで卵も殻を剥きやすく好きなゆで加減。
キャベツを中心としたサラダも,ドレッシングの味がよく,おいしい。
ちょっと遠いが,ときどき来たいと思った。

近くに,六角獄舎跡がある。
六角獄舎には,安政の大獄以後,多くの政治犯が収容されていた。
元治元年(1864年)7月の禁門の変の兵火が迫ると,幕吏は平野国臣(もと福岡藩士,生野の乱で捕縛)ら三十数名の尊攘派志士を斬殺したとのこと。
「平野国臣殉難の地」の看板や「勤王志士 平野国臣 外数十名終焉の地」の碑が設置されている。

ここには,日本近代医学発祥の地」,「日本近代医学のあけぼの 山脇東洋 観臓の地」の碑もある。
宝暦4年(1754年)2月,山脇東洋が日本で初めて人体解剖を行った,杉田玄白らのそれに先立つこと17年前であった,とのこと。

商店街の公園に早くもひまわりが咲いていた。

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長楽寺へ行く

7月2日(土),午後3時からの談春独演会(西宮)に行く前,阪急・河原町駅までの道のり,少し回り道をした。
まず,金戒光明寺(くろ谷さん)に立ち寄った。
墓地のてっぺんにある三重の塔
三重の塔から見える京都市街
真如堂に抜ける途中にある
会津墓地
墓地を上り切ったところから,真如堂へ抜けた。
本堂前の菩提樹
沙羅(夏椿)が咲いていた
まだ鮮やかなアジサイと鐘楼
真如堂の三重の塔
錦林車庫付近から白川通りへ出て南下。
天王町(白川通り丸太町)の東のセセラギ沿いに,白や赤の夾竹桃と思われる花が咲いていた。

岡崎の家並みを抜ける途中でも,夾竹桃をよく見かけた。
岡崎中学
府立図書館の休憩コーナーで一服。
府立図書館のファサード
神宮道を南下,円山公園を抜けて,長楽寺を拝観した。
本堂にある御本尊安置のお厨子は,徳川秀忠と江の娘・後水尾天皇の中宮・東福門院が寄進したものとのこと。
長楽寺山門
相阿弥作といわれる庭園
本堂
建礼門院御塔
山腹の墓地にある
頼山陽の墓
八坂神社を抜けて,阪急・河原町駅から西宮へ向かった。

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談春独演会(西宮)

7月2日(土),立川談春独演会に,西宮まで行ってきた。

早めに行って周辺を散策しようと,12時半過ぎ阪急・西宮北口駅着の電車を降りると,なんと談春が同じ電車を降りて少し先を歩いていた。
会場の兵庫県立芸術文化センターまでの通路を,少し後ろから付いていった。スーツケースを転がす弟子と関係者らしき女性二人を従えて,出迎えの女性とともに楽屋入口から入っていった。
偶然とはいえ,付きまといをしてしまった。

西宮北口駅周辺は,西宮球場跡のショッピングセンター・阪急西宮ガーデンズ以外,立ち寄るようなところはなく,開場までの時間,喫茶店で時間をつぶした。
会場の兵庫県立芸術文化センター
午後3時開演。
開口一番は,立川はるかの「饅頭恐い」。
後で談春から,西宮で「饅頭恐い」をやるとはセンスがないというようなことを言われていた。米朝枝雀の名前も出していたから,上方の名人の得意ネタをかけるのは無謀,という意味だろうか。

談春 「へっつい幽霊
ネタに入る前にたっぷりとマクラをやってくれた。
去年は大阪からここまで車で来たが,今日は電車で来たという話をしていた(自分が目撃したから間違いない)。関西の電車は冷房が効いている,久しぶりに寒い電車に乗った,関西で電車の冷房が効いていなかったら,関西人は,その分電車賃を安くしろときっと言うと誰かから教えられたとのこと。
関西はニュースも面白いと言って,この日の朝一番のテレビで,堺市の母親が子供の顔を掃除機で吸って虐待をしたとして逮捕されたというのがトップニュースだったという話をしていた。
前に来たとき,「たけふく」のカツ丼を食べに行ったという話をしていた。検索してみると,阪急西宮ガーデンズの少し東にある。今度こちらに来る機会(来年の独演会)があったら,ぜひ行ってみたい。
「へっつい幽霊」,筋立てはざこばで聞いたのとほとんど同じだった。
威勢のいい江戸弁の熊五郎が幽霊をやり込めるのが,気持ちよかった。

談春 「人情八百屋
三河島の八百屋・平助が妻に,「あの母子はどうなったかなぁ」と話す場面から始まる。
茄子を担いで売りに行ったら,長屋の幼い男の子が生のまま茄子にかじりついた。母親に事情を聞くと,父親が病気で,子に満足な物を食べさせられないという。平助は,自分の弁当と四百文くらいの売上金を押しつけるようにして帰ってきた・・・
唐茄子屋政談」と似た展開だと思いながら,聞き入った。
平助が妻が勧めてくれたとおり有り金全部を持って長屋を再訪すると,父親も母親も自殺したという。幼い姉弟を引き取っている火消しの頭のおかみさんの話では,金の臭いをかぎつけた因業大家が,「子どもにだけは白い飯を食べさせてあげたいから,せめて半分だけでも置いていって下さい」という懇願を無視して全額持っていってしまった,子どもにご飯が食べられるという期待を抱かせたのにそれを実現してやれなかったことを嘆き,父親は舌を噛み切り,母親は首をくくって死んでしまったとのこと。
それを知った頭や長屋の連中は,大家の家を滅茶苦茶に壊したが,お上はどちらが悪いかを承知し,頭らはお咎めなし,大家は世間を騒がせたとして過料に処せられた。
子どもたちと一緒に帰ってきた頭は,自分のせいでこんなことになったと悔いる平助に「他人のために金を置いてくるなぞ,なかなかできることではない」と平助を称え,兄弟の盃を交わす。
頭が「姉か弟か,どちらか一人,引き取ってはくれないか」と言うと,平助は二人とも自分が引き取ることを申し出る・・・
下げは,「しつけ」と「火付け」をかけたもの。
ネットで調べると,「唐茄子屋政談」の筋立てに納得いかなかった師匠談志が「人情八百屋」として演っているということのようだ。
談春が最後に言っていたとおり,トリネタとしては短めだったが,江戸の人情いっぱいの,いい話,いい語りだった。
終演後の貼り紙で「人情八百屋」
という題を知った
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
西宮北口には寄りたいと思うような店がなかったので,十三で降りて,ちょっと一杯引っかけて帰った。
350円の卵焼きが美味だった

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2011年7月1日金曜日

大阪~京都スナップ

6月29日(水),大阪に用件があった。
中之島公会堂
水の都
お初天神にも
茅の輪くぐりが
京都へ戻り,六角堂に立ち寄った。
正面
   合掌地蔵
            十六羅漢

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今朝の散歩

寺町通りを北上。
今出川を越え,阿弥陀寺を目指す。
佛陀寺の鐘

十念寺
目的地の阿弥陀寺
開創・清玉上人が織田家と親交があり,本能寺の変の折,本能寺等に駆けつけ,信長・信忠父子,家臣百有余名の遺骸を阿弥陀寺に埋葬した,とのこと。
山門
信長・信忠・討死衆墓所
森蘭丸・坊丸・力丸の墓
寺町通りをさらに北上すると,西園寺がある。
もともと衣笠山の麓にあり,寺名が家名となった西園寺家の北山山荘であったが,足利義満が金閣寺を造営するに当たり,その地を所望したため,室町に移り,天正18年(1590年)に当地に移転したとのこと。
西園寺公望の筆による寺号の額
西園寺の少し北に天寧寺がある。
山門を通して眺める比叡の秀峰が,あたかも額縁に入れたように見えることから,「額縁門」と呼ばれている。
この日は比叡山は
ほとんど見えなかった
近くの公園に白い花がきれいに咲いていた。
ヤエクチナシと思われる

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